村田 仁
  
私は奇声をあげている 男の顔を思い出している。
首には眼があり、皮膚は固く破れたり湿ったりで変質している。
何度見ても、ぐじゅぐじゅして掻きむしった顔球にすぎない奇声は
人の手をただれさせていく。もはや、この声を聞き取れる人間の日々は
失われた。男の奇声も、女の狂い声も、全てはヴォリュームメーターに
置き換えられ、気狂いという棚に入れられる。
やけに明るいレコード店で、私は静かに微笑むアントナーアルトーの炭の濃淡を
見つめるのだ。存在は、傷つくことによって発見されるのが常。
私はひっかいたレコードを誰もが聴かなければならないと思っている。
刷られたもの― そこに迫る現実は微量の風景でしかない。
私達は、たったそれだけの接近しかしていない現実なのだ。
私達はそれを全く知らない。現実を。私は今年を「旅」と称した。
そう、私は立方体を4つの面ではなく、32の面で摩る現実の言葉で
奇声をあげる旅なのだ。
 
君の身体を、何面であるか? と問うを繰り返している。実験室を
つくるのだ。オリエンタリズムによって、私は彼女を愛してはいない。
 
「我々の間で思考しているものは、我々ではなく死者である。」(アントナーアルトー)
 
糞ったれの奴等による解釈を相手にしている位、
私はまだ若い。世捨て人、言わば、そういう存在になってしまう必然について
考えることはコンプレックスの固まりだ。私は「大人」は ひとりであると信じている。













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