小松亮一のコラムBOX

今月のテーマ「TVゲームにおける社会的功罪 3」

 今回は TVゲームにおける社会的介入について話したいと思っている。社会的介入とは「主体者が外界(社会)に対して行なうアプローチ」であり、それをユーザーがゲームに対して行なうアプローチの変遷と照らし合わせて、論じたいと思っている。

話を単純化する為に、TVゲームの社会的介入を2つに分けて考えたい。1つは能動的アプローチ、もう1つは受動的アプローチである。前者はユーザーが主体性をもって、ゲームに関わる介入で、後者はユーザーがゲームに誘導されて介入を迫られるというものである。両者の線引きはきっちりできるわけではなく、傾向的な分類である。時代的な流れで言えば、能動的介入→受動的介入となってきていると考えてもらえばいい。                 ここで論じたいことはこうである。TVゲームにおける社会的介入がそのまま現実世界の社会的介入に影響を及ぼしているのではないかということである。どうして、それが問われるのかと言うと、現実的に、特にゲーム世代といわれる若年層において「受動的介入」が問題視されているからである。この「受動的介入」が果たして「TVゲームの受動的介入」に因果関係をもつものであるかどうかが焦点である。                        それではまず、どうしてTVゲームにおける「受動的介入」が現実世界における「受動的介入」に影響を及ぼしていると疑われてしまうのか。理由は大きく分けて2つである。1つは時代の一致。TVゲームが普及し出した頃から、それらが増加傾向にあるということである。もう1つは、人間性の一致である。いわゆるゲーマーと呼ばれるような人間に限ってそういうような人が多いという事実である。この2つの理由によって、TVゲームへの疑問は確信近いところまできた。                                       しかし、ほとんどの人はなんら論理的根拠をなさないまま、結論に達している。ここで今一度、このことについて論理的に考えてみてもいいのではないだろうか。それがTVゲームの社会的功罪を論じることの一つであり、無視できない大きなことだと考えてもいいのではないだろうか。次号で、このことを詳しく論じようと思う。

                              以上コラムでした。

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