小松亮一のコラムBOX

今月のテーマ「ごみについて」

 先月から、このコラムを書いているのだが、決してこれは社会に対する正義感でもなければ、人に対する説教でもない(僕はそんなに熱血な人間でもないので)。ゴミについて考えた。ゴミについて考えてみても、何の得にもならない。それが結論である。何の得にもならないから、ゴミは減らない。単純な構造だ。

環境団体はいうかもしれない。「これは個人の損得で片付けられる問題ではない。」非常に正しいし、それ自体何も間違っていない。やがて、ツケは自分の所に回ってくるという考えであるが、これは自分一人ではなく、全ての人間の対してツケが回ってくるという前提がある。逆の言い方もできる。個人の損得勘定は全体の利益不利益で覆せるものではない。人というものは全体が不利益を被っても、自分がそれ以上の利益を得られるなら、それで構わないという傾向がある。人は自己中なものだ。中にはそれにあてはまらないこともある。全体としてみれば、人は自己中である。「それこそ変えていかなければならない」と言っても変わらない。それができるなら社会主義の国は滅びなかった。ゴミを回収するのにも、リサイクルするのにも金はいる。リサイクルでも、リサイクルにかかった費用よりも稼げなければ損をする。稼げれば産業として成り立つ。成り立てば自然と歯車が回りはじめる。リサイクルの輪ができる。ゴミについて考えることが得になれば、ゴミについて考える人は増える。得になればなる程人は多く流れる。金銭だけではなく、もろもろのことについて。人は皆がボランティアになれない。人を信じ過ぎてはいけない。人は地球に悪意を持っていない。人を諦めてもいけない。僕は「一人一人の心遣いが・・」「ちょっとした努力で・・」などというつもりはない。別に真剣に考える必要もない。他に考えることがあるなら、そちらを考えたほうがマシだ。自分の腕がその日出したゴミの重さを憶えていれば、それでいいのである。

                                       以上コラムでした。


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