小松亮一のコラムBOX 01'4+5月


ピラミッドを作った芸術家は、言葉の詩人よりも幸い 
 である。
それはイメージに直接つながるからである。
だが、芸術家はあの見えない原子の核どもを造形
 できないのか、という幻想がふと胸に浮かぶ。
物質の芸術家!
不可能の造形こそ、現代の芸術家をもっともつよく
 とらえているのである。

     瀧口修造 「余白に書く」 1966
         「影像人間の言葉」より一部 抜粋


 はじめに言葉があった、とは本当であろうか、という書き出しによって始まるこの
詩は、言葉よりも先にイメージがあったのだという。そして、現代のイメージは可能
と不可能の間に全てがあるのだという。
 芸術家は粘土をこねることを愛する。だが、それはイメージか、と書かれた後で、
この言葉は続いている。
 詩人はピラミッドを作った芸術家よりも不幸である。なぜなら、それはイメージに
直接つながらないからである。言葉はイメージにつながらないのか。
 言葉を通して詩人はイメージを求めるだろう。だが、言葉は実はイメージとはつな
がってはいないのだ。言葉は原初のイメージそのものではなく、言葉が言葉によって
再構築された限られたイメージにしかたどり着くことはできない。それを象徴と呼ぶ
のだとすれば、やはり結局言葉はイメージとつながることは出来ない。
 それでも、詩人はイメージを求めるしかない。不可能なイメージを求めるしかな
い。それが詩人の不幸だ。しかし、イメージとつながる幸福なはずの芸術家は、やが
て不幸を求め始める。まさしく不可能な造形に芸術家は心を奪われるのである。

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