小松亮一のコラムBOX

今月のテーマ「欲望について 1」

 私たちが物を消費する、あるいは消費せずとも何らかの行動を起こすということは、行動に対する動機を持っている。あることをしたいと思うという欲望を満たす一つのヴァリエーションである。だから、行動を起こすことの裏には必ず欲望が介在している。欲望は生きていれば無尽蔵に湧いてくるが、それを否定することは誰にもできない。それはあらゆるトレーニングや修行といったものを重ねても消し去ることはできない。だから、欲望をなかったものとして無視したり、押し込めるのには無理がある。人は感情以前に遡ることはできない。我々は感情を容認せざるをえない。 毎年大みそかになると除夜の鐘が鳴り響く。あの鐘は煩悩の数だけ鳴り響くのだという。108もある煩悩の数を一から数えられる人は少ない。私にも見当がつかない。ただひとつだけ思うのは、これだけたくさんの煩悩のうちの一つさえ減ることはないの
だなあ、ということである。どれだけ悔い改めようと、毎年鳴り響く鐘の数は108であり、この先も永遠に減ることはないのだろう。これは何を意味するのであろうか。これは人は感情以前に遡れないということの裏づけであるのである。 だが、それは欲望に忠実にあれということではない。それは普通、社会と折衷する形で行われる。時には場面に適応するために、色々に欲望は姿を変える。私が思うには、私たちの周りには、その姿を変えた欲望で埋め尽くされている。世界にあるものは、全てそのヴァリエーションにしか過ぎないのではないか、と私は思ったりする。私はその度に感傷的になる。欲しいものといらなくなったもの。その狭間で私たちは生活するしかない。来月はそのことを考えていきたい。 

                              以上コラムでした。


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